eN arts

2011.04.08 被災地からの「今」

TWITTERで知り合った中村佑子様から被災地の「今」の状況や「今」必要としているもの等の情報をご自分の足で集めていらっしゃることをうかがい感銘を受けました。私にも何かお手伝いできることがないかとおもい、取り急ぎ eN artsのblogでご紹介することにしました。一人でも多くの被災者の方に支援の手が差し伸べられますように願いを込めて。。。御覧の皆様にはインターネットの力を利用して広めていただければ有難く存じます。南三陸町でのニーズ調査報告書はこちら→ニーズ調査報告

中村佑子さんが今回の調査報告をすることとなった経緯は以下の通りです:

塩釜で泥のかき出しのボランティアをしている時に、ある先生と出会いました。気仙沼にある障害児学校の音楽の先生でした。志津川に住み、家は倒壊を免れたもののライフラインが寸断して暮らせないので、避難所暮らしをされていました。自らも被災されているなか、ハンディキャップある子供たちがどこに避難しているか、少ない燃料と格闘しながら街をめぐっていました。先生に同行させてもらいました。

 2日目は単独行動で、志津川の避難所を山登りながら周りました。被災者にお話を聞くと、3週間服も下着も替えていらっしゃらないお婆さんがいます。本当は毛糸の帽子を変えたいのに、3週間同じままだと涙を流されるお婆さんがいます。物資係に話すと、数が揃わないから渡せないという。結局説得して、変えてもらいました。山積みになっている物資ダンボールから、少しでも明るい色をとピンクを選んで持っていくと、おばあさん達に大人気でした。一人ひとり少しずつ違うニーズをゆっくり聞き出し、それをダンボールの森から探し出して届けるという活動を行っていました。ずーずー弁が100%分からず、悔しかった。あまりに壮絶な体験をされていらっしゃいます。生半可な気持ちでは向き合えません。手を握って、一緒に涙することしかできませんでした。

とにかく話を聞いてあげる人、それも女性が求められていると言われました。人の声や気持ちを必要としていると痛感しました。私自身も長期で活動が出来ればいいですが、今はいくつかのNGOと協力したり、独自に企業に大口支援を要請して、物資を送っています。また被災者の方はもうニュースは原発ばかりで、私達は見捨てられているのではないかと思っていらっしゃいます。情報もなく世の中から隔絶する恐怖です。

東京で私も何か出来ないかという声を多く聞くので、このマンパワーを形にしたいと、お手紙プロジェクトをはじめました。一人ひとりに届くように、小さな紙に書いて送ってもらい、集まったら私が届けにいきます。

出会った方々とは毎日のように電話で話をしています。手紙、嬉しいと思いますと仰ってくださいました。

手紙は個人で、物資送りは早稲田を中心に活動する「ふんばろう東日本プロジェクト」や、コフレプロジェクトなどと連携して進めています。 中村佑子
by eN_arts | 2011-04-08 21:55